昨日はいい感じ間の森(公園)に隠れて泊まれました。
IMG_5813

さぁ!今日はワルシャワ蜂起博物館へ!!
PA230531
PA230532
PA230539

まず、ワルシャワ蜂起の説明をします
第二次世界大戦中にナチス占領下だったポーランドではポーランド人が酷い扱いを受けていたんですよね。
アウシュビッツ収容所に行った時もかなりのポーランド人が殺されたっていう記録がありました。
ナチスドイツはポーランド人に対して虐殺なりの戦争犯罪をしていたわけです。


ポーランドでは地下政府が動いていました。
そして、ソ連率いる赤軍が東部戦線からワルシャワのナチスへ攻撃を仕掛けるので、ナチスからワルシャワ を取り返すタイミングはここしかない!ってところで
ワルシャワ市民志願兵によるナチスへの反撃
ワルシャワ蜂起が起こったというわけです。


見込みとしてはソ連赤軍の物資援助及び追撃を予測して数日で蜂起は成功に終わると思われていましたが、
ワルシャワ蜂起時対岸で赤軍は攻め込まずに静観していました。

ちなみに、ワルシャワ蜂起前にスターリン、ルーズベルト、チャーチルによる戦後会談でポーランドのソ連による統治が水面下で決められていました。
当時、チャーチルはスターリンに対して主張を明確にすべきと言っていましたが、ルーズベルトはスターリンーに対してどうもそうは出来なかったらしいです。


つまり、ワルシャワ 市民は仮にワルシャワを、ポーランドをナチスから取り戻してもその後はソ連による統治が行われるとは知らずに戦っていたというわけです。


そして、初動時の赤軍による援助がなかった為に蜂起は失敗に向かいます。
しかし、予想以上に善戦を見せ蜂起は長引き、その間の連合国、赤軍の援助はありました。


そして、約2ヶ月に渡るワルシャワ蜂起は失敗に終わり、ナチスドイツへワルシャワは完全に引き渡されたのでした。
引き渡された後のワルシャワはドイツによって徹底的に破壊され、完全に瓦礫の山となります。(今の街は全て戦後に立て直された物です)
市民は全て他の地、及び収容所へ移されました。
ヨーロッパで、この規模の住民移送は前例がありません。
ただ、瓦礫に隠れて住み続ける人たちがいました。
ドイツに見つかったら問答無用で殺されるユダヤ人たちです。
この話を描いた映画が"戦場のピアニスト"
この映画もポーランド人監督によって作られているので興味を持った人はぜひ見てみてください。




これがワルシャワ蜂起
その内容を紹介したのが
ワルシャワ蜂起博物館です。
日本語音声ガイドがあるので助かりました。


IMG_5817
これは娘からの手紙を胸に入れて戦っていた兵士の物で
左端が切れていますが弾丸の後です。
しかし、弾丸は体に届かず止まったそうです。
娘によって守られたっていう素敵な話です。



PA230540
PA230548
第二次世界大戦でいちばん人口に対する死者の割合が多い国っていうのは
ポーランドなんですよね。
ポーランドというとアウシュビッツのイメージからポーランドに住んでいたユダヤ人が迫害されていたという印象が強いですが、ポーランド人自体もかなり被害にあっています。

後、地理的な問題でソ連とドイツの間に位置しているってのが悲惨なんですよね。

他にもソ連、ドイツの間の国であるリトアニア 、ラトビアもかなりの割合で被害を出しています。



ワルシャワ蜂起直後はナチスのヒムラーの命令でワルシャワでは兵士、市民問わず見つけ次第殺害せよとなっていたらしいです。

赤十字マークを掲げている病院も爆撃され
(国際法違反)

兵士だけでなく多くの市民が犠牲になったそうです。


ですが、この博物館は悲劇を展示しているのではなくワルシャワ蜂起時に戦った名もない兵士、市民の勇敢さを称えているといった感じです。



この博物館自体実は2000年代に完成されたものなんですよね。
共産主義時代、ワルシャワ蜂起を是とする発言は禁じられていました。
むしろ、プロパガンダによってワルシャワ蜂起は無意味にワルシャワ を火の海に陥れた無謀者による行為として非難の対象になっていました。
そして、ソ連崩壊後この博物館を作る計画が持ち上がり、今このように展示されているわけです。
実際、ソ連統治下では多くのワルシャワ蜂起司令官が刑務所に入れられたり、死刑になったりしたそうです。



PA230546
PA230547
これは当時、ドイツ兵の目から逃れて撤退したり、連絡を用いるために使われた水道のレプリカ
実際に歩けるので中を通りましたが、屈まないと歩けません。
実際に撤退時に2kmの水道を兵士たちは2時間かけて通ったそうです。

昔、ドイツ兵の目を逃れて手紙を届ける子供たちの話を聞いたことがあったのですが、あれはワルシャワの話だったのか!と今になって認識しました。


ドイツ兵に地下道が見つかった後はガスや爆弾などによる攻撃で多くの死者が出たそうです。




ポーランドはその土地の歴史等第二次世界大戦の悲惨さをお送り学べる土地です。
そして、今日見学した博物館ではレジスタンス達の勇ましさ、祖国の誇りを感じました。



確かに、1日滞在延ばしても見る価値のある内容でした。
ブログには書き切れないエピソードが多いので、気になる方は是非ワルシャワ蜂起博物館へ!
と言っても、距離のハードルがあるので
Wikipediaでもいいのでワルシャワ蜂起を見てみてください。




こんな感じで1日かけて博物館を見てました。
表に出て自転車に向かうと、職員の1人が
これ!!あなたの自転車?!てか!どんだけ長く博物館にいるんだよー!ヒャッハー!って笑いながら話しかけてきました。

多分、持ち主が現れるのを待ってたけどなかなか博物館から出てこなくて何やってるんだ?!って思ってたんでしょうね。
博物館のパンバッジくれました。
記念に写真を撮って(彼のFacebookから)出発
IMG_5823




ワルシャワは霧ですね。
IMG_5818
郊外10キロほど進んだ茂みで今日は野宿。
日本の教育では第二次世界大戦下で陰の存在ですがワルシャワ蜂起
歴史、人間性、かなり多くのことを学べると思いました。


さて、クラクフ、ワルシャワでかなり色々見てまれたのでここからはまたベルリンまで600キロひた走って行こうと思います。